東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)に関する情報

インタビュー ~防災科学研究拠点メンバーからのメッセージ~


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脳科学で災害科学に新しい切り口を

杉浦 元亮 (東北大学 加齢医学研究所 教授)


東日本大震災は、社会の中での自分の位置を明確にした出来事

 私は、脳科学の中でも自己認知とか自己意識という分野を専門にしています。脳科学での自己意識は、身体、人間関係(他者との関係、他者から見た自分)、自分の社会的価値というレベルを持っていて、それぞれに関係する脳機能のネットワークの存在が解ってきています。つまり、脳の機能として、体に関係する自己を認識する場合には脳のこことここの部分が働き、人間関係のレベルではこことここ、というようになっていて、一見混沌としている自己をこのように脳科学で考えることで、様々な事が説明し易くなるのです。




 今回の震災は、直接の被害者ではない方々も、先に述べた3つの自己認識において非日常的な体験、我々の自己に影響をもたらした経験だったと思います。普段、我々は特に意識をしないままに便利な生活をしており、そういう便利な生活の中で、ともすると一人で生きていると思ってしまいがちですが、今回の震災では、隣近所での助け合いやインフラの機能不全で、社会のネットワークの中の自分や、国や自治体が自分たちの生活の中に持つ大きな力を実感し、社会の中の自分というものを明確に意識したのではないでしょうか。

 こういった中で、特に直接の被災者でない人は、ボランティアに行く、ネットで発信する、また、ある人はデマを流したりするなど、震災後に様々な行動をとっています。このような震災に対する人間の行動がどう脳のレベルで説明できるか、今回の震災によって人間の脳に科学的に見るとどのような変化があったのかについての研究を始めたところです。  

科学に裏打ちされた復興支援のために、今しかできない研究を

 私がいま始めた研究は、この災害からの復興や今後の災害の備えに今すぐ役立つような事ではないかも知れません。しかし、社会を大きなスケールで見たときに、社会に生きる我々が、震災という大きな社会的な出来事からどう影響を受け、それが最終的にどういう社会的な動きになるのかを明らかにしていく話だと思っており、それは、最終的には、被災からのよりよい復興につながる研究だと認識しています。

 復興というのは、アクティブに社会を立ち上げるということです。社会を立ち上げるために、被災者自身がどういう気持ちで何を目標にやっていくかということは、自己意識とか自己認識に深い関係があり、復興に向かっていく時の脳の科学的な変化は、今しか捉えることができません。落ち込んでいる人たちがやる気になり、もう一回やっていやるぞという姿勢になるには何ができるか、被災者の方に配慮をしながらも、次の災害への備えとして、脳科学的にアカデミックなところで準備をしておかなければなりません。

 また、私の専門に関係するところに、心のケアがあります。大きな災害後には、被災された方の落ち込みやPTSDといった問題が指摘され、それに対するケアが必要とされています。PTSDの例では、PTSDが起こることは経験的に解っていますし、脳科学的にもPTSDそのものはある程度理解されています。しかし、その先どうすれば良いかという脳科学的なデータは多くありません。心のケアに関する研究も「いましなければならない心のケアをどうするか」という短期的なニーズには応えることができませんが、脳科学が対象とする研究として価値があるものです。

 この他にも、被災者の「幸せ」という側面も脳科学で扱いたいという希望を持っています。「幸せ」というような捉え所のないものを科学的に扱う研究は多くありません。そういう領域に、脳科学的な研究成果を出していくことで、災害による被災という逆境にある人が、例えば、避難所生活においてもある程度の幸せ感を感じる方法や、災害前の状況に戻ったと感じる「復興感」的な感覚を得るために提供すべき、あるいは備えるべき要件、環境、セラピー等を科学的に示すことができると考えています。

 また、今回の災害に限らず、被災者に対して実際に実施されている支援プログラム等について、そのようなプログラムの実施によって、なぜ被災者が落ち込みからの回復や幸せ感を得られるのかということを心理学、脳科学、認知科学できちんと説明できるようにしたいとも考えています。そうすることで、それらのプログラムが科学的に裏打ちされたツールとなり、ある事象を対象とする場合、どの要素をプログラムに組み入れればより効果的かという事が解るようになります。

 こう考えると、今回の災害で被災された方を対象に脳科学の研究を行っていくことは、研究成果が直接被災地に届くのではなくて、今後、被災地に対して何かやろうとしている人たちが、何かを実践するための材料として意味を持ってくるのかもしれません。

防災科学の視野を広げる役割を

 防災科学研究拠点のメンバーとして様々な分野の先生方とお話をさせていただく中で、「防災分野で脳科学ができることは意外に多い」と思い始めていました。また、今回の災害でその思いを強くし、今では、防災に関する様々なテーマについて、「脳科学的にアプローチすることで、災害、防災に関連する科学に新しい切り口が開ける」という確信を持っています。脳は、これまで計りにくいと思っていたものを計るツールとして便利なところがあります。様々な分野の先生と連携して研究を行うことで、これまで、科学的に扱うことが難しかったテーマに迫れるという期待を持っています。

 この研究拠点の特徴は、防災に関する研究チームのメンバーとしては、これまであまり入ることがなかったような分野の研究者が多く入っていることで、私もそういう立場です。そういう立場にある者の役割は、防災科学の視野を広げていくことです。災害を巡る様々な出来事の中には、科学的に扱われていなかった研究テーマがたくさんあると思います。そういうテーマを新しく科学・学問として立ち上げ、これまで無かったような対策を講じたり、提案をしたりできればと思っていますし、しなければならないと思っています。

 今後、この拠点が国際的な役割を担うとき、日本の特殊性というような部分も、拠点として打ち出していけるものになるでしょう。多くの学問が欧米スタンダードで進んでいるのですが、私の専門とする自己意識的なものは、欧米人とアジア人では大きく違ってきます。こういう課題に対し、欧米の学問的枠組みにない視点から研究を行うことで、東南アジアなどの非欧米圏により適切な情報を伝えていける可能性があると考えています。













 杉浦 元亮 (すぎうら もとあき)
 東北大学 加齢医学研究所 准教授
 博士(医学)

 専門:脳科学
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