長神 風二 (東北大学 脳科学グローバルCOE 特任准教授)
私の専門はサイエンスコミュニケーションで、私自身は、サイエンスコミュニケーターです。サイエンスコミュニケーターとは、科学・技術に関することをテーマに、専門家と必ずしも専門家とは言えない人々や社会とをつなぐ役割を果たしています。サイエンスコミュニケーションというのは広く、科学・技術を文章で伝えることや、科学館・博物館などでわかりやすい展示を作っていくこと、科学・技術に関するイベント等を作る事などすべてを含みます。この中でも私は、展示やイベントを中心に科学・技術と人をつなぐことを実践してきました。
私は、これまで必ずしも災害に興味を持ち専門に研究してきたわけではありません。しかし、サイエンスコミュニケーションをやっている中で、大きな災害や事故の時にも、サイエンスコミュニケーションの必要性が大きくなってきていると感じています。特に、今回の震災で浮き彫りにされたとおり、大きな災害や事故の際には、専門性がある程度ないとなかなか理解できない情報、しかもそれが私たちの生活に直接影響を及ぼすような類のもので、その情報をもとに個々人の判断が求められることが多く発生します。このような場面において、サイエンスコミュニケーションが重要となってくるのです。
たとえば、今回の震災におけるサイエンスコミュニケーションを私の所属する医学部という視点で見てみます。大震災後数日経つと、感染症の発生などが課題となり、震災発生後4、5日目位から医学的な専門知識を発信していかなければならない状況となり、これらを医学部のウェブサイトやツイッターを通じてやってきました。また、一部ですが、てんかんに関するラジオ報道や、連続番組作りに携わるなど、特定の疾患のために避難所等での生活が難しくなりがちな人々への支援のための試みも行いました。
ただ、今回は状況が特殊で、特に、停電で電源が無くなってしまった沿岸部の被災者の方に対しては、ウェブサイトやツイッターではなかなか情報が伝わりにくいなどといった問題も明らかになっていますので、これまでに実施したことをこれからやることにフィードバックしながら、知見を蓄積していくべきだと考えているところです。
今回の災害は非常に悲惨なもので、まだ一言で言い表せません。また、一言で片付けてしまって良いのかという気持ちがあります。一部ではすでに、この災害を文明史的な転換点という感じで、20世紀の大量消費社会から再生エネルギー社会へといった、大きな物語に還元してしまうような印象の意見がありますが、私は、まだそこに行く前、つまり、壊れてしまったものや被災した人々をじっくり見て、それを理解し、癒していく段階だと思っています。
いま私が一番気にしているのは、災害の多様性が分断を生んでいるのではないかということです。例えば、あるマンションを見た場合、低層階と高層階では全く違う被害状況なので、建て直すとか改修するとかの意見が異なりますし、あるいは、地域で見た場合もそういう状況が見られます。みな大変な状況にあるのだけれど、大変なところが全部違うので、なかなか声を一つにできない。お互いのことを理解できないまま下手をするといがみ合う、軋轢が生じてしまうというような状況になっているのではないかということが非常に気になります。このような感情のずれをどうやって整理して、まとめて外に向かって訴えながら、個々の違いを大切し多様性が生む分断を乗り越えるか、我々が直面している難しい課題だと思います。一生懸命考えて、実践し、解決していかなければなりません。
また、これは、東北人の気質なのかもしれませんが、周りの人もみな悲惨な状況の中で、なかなか自分のことを言い出せていない。助けてほしい、手伝ってほしいと言えないということがあります。それが、遠慮になってしまうと相手に伝わらなくなり、結果として先に述べたような多様な意見の存在が忘れられてしまう可能性があります。例えば、復興計画を作る際に、一見均質な意見であるように見えても、根の部分には多様な状況があることを意識し、計画の最後の段階で多様性を意識した肉付けをしていくとか、実践の部分で細かい配慮をしていくといったことが必要なのだと思います。人々が感じている複雑な感情について語り合うようなイベントの企画・実施も行っています。
災害科学研究拠点としては、できるだけ多くの組織、多くの方々との接点を保ち、外の方々からの知恵や情報が行き来できるような体制を作れれば良いと考えています。私自身、拠点には外から携わるような立場ですが、その中でも、メディアやサイエンスコミュニケーションの専門家として、防災に役立つような研究をされてきた方々と防災に関わる行政の方々やメディアなどが顔の見える形でうまく交流する機会等を作り、それをセンターの一つの役割としていけたら良いと思います。
また、多様なステークホルダーが、特に喫緊の課題のためというわけでなく、お互いに情報交換をするため集まる事も重要です。そうすることで、新しい研究ニーズが掘り起こされ、それがシーズとなって研究が発展していくことでしょう。
この震災を研究という側面からある程度あえてポジティブに捉えようとすると、今ここでしか国際的にできないものが非常多く発生しているということです。地震、津波、建物といった理工系の話はもちろん、低線量被爆やアスベストとか粉じんといったもの、あるいはストレスに関する研究もそうで、やれることはいっぱいでてきています。我々東北大学や日本人の研究者だけでは手が回らないほどだと思います。ですので、世界の研究者の方々に、それを積極的に、言葉は適切かわかりませんが、いわば“利用”しに来て頂く、ということも考えられると思います。世界からの研究者が東北で研究することが世界のため、また東北のためにもになるとでしょうから、この研究拠点が研究者の受け入れを担えればと考えています。
今回の災害の経験、教訓、ノウハウを国際的に発信していく意義は大きいと思います。その一方で、我々に決定的に言えることは、発信そのものや多言語での発信が弱いということです。この拠点が世界の研究者の受け入れを行い、研究者の行き来が多くなれば、ここに来た研究者がそれぞれの国の言葉で東北の状況を発信してくれることになり、ひいてはこの拠点の国際的な発信力の向上や広報につながると思うのです。
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