邑本 俊亮 (東北大学大学院 情報科学研究科 教授)
私の専門は認知心理学で、人が情報や文章をどのように認知するかといったことを主に研究しています。人が情報を認知するとき、情報は、様々な形でゆがめられたり、その人の都合の良いように受けとめられることがしばしば起こります。それは災害情報でも同様で、発信者は正確な情報として発信したつもりでも、受け取った人の認知は様々です。災害時に適切に行動してもらうためには、災害情報を受け取る側の認知プロセス、心の中のメカニズムを理解しておかなければなりません。
これまでの研究から、災害情報に限らず、情報を受け取る側には癖があることがわかっています。例えば、災害情報であれば、「自分の住んでいる地域は大丈夫だろうと考える人が多い」であるとか、「津波警報が発令されても大きな津波は来ないと受け取る人が多い」といったことです。
また、「情報を発信すれば人が正しく動くわけではない」ことがわかってきたので、次のターゲットとして「どのように避難行動を起こさせるか」という研究もしています。つまり、人には情報を受け取る癖があるというのを理解した上で、与えた情報が避難行動に結びつくためには、どのようなインプットが事前に必要かということです。これまでのところ、「十分な訓練」、「災害に備える心の準備」が必要だということが明らかになっています。
今回の災害では、多くの方が津波で命を落とされています。このようなことを再度起こさないためにも、いま津波や災害の危険にさらされている人たちや次世代の人たちに、どのような教育や情報発信をすれば良いのかを今後の研究展開として考えています。
今回の災害はやはり、想定外のものだと思います。私も「まさかこんなのがくるとは」と思いました。よく「もっと大きな災害を想定しても良かったのでは?」という質問がなされますが、人間全てに共通の心理として、人々は物事を正常の範囲内で納めたいと考えるものです。たぶん研究者の中にもそれはあったのでしょう。災害の規模をある範囲内でしか考えなかったのだと思います。歴史を見ると想定外とは言えないのかも知れませんが、「こんなものがくるとは」と思った私自身もそういう正常性のバイアスをかけて、災害というものを考えていたのでしょう。反省しなければなりません。
被災者に今すぐに必要なのは心のケアでしょう。私は直接の被災者ではありませんが、この数ヶ月、忙しく仕事をしてはいるものの、震災前とは何かモチベーションが違うということを感じています。被災者の方はなおさらだと思います。表面的には次第に回復しているように見えますが、心の中に抱えているものは相当で、あることをきっかけにそれが出てきてしまいます。そういうケアをすることが必要だと思います。
具体的には、考える防災教育、つまり、体で覚えることに加えて、体と一緒に頭も使って柔軟な思考・判断のもとに適切な行動ができるようになるための防災教育を実践できないかと考えています。また、防災訓練への参加率や災害に対する備えの意識が比較的低い30代、40代の世代の防災意識を高めるために、まずは小中学校の児童・生徒への防災教育を積極的に行い、子どもたちを経由でして大人の防災意識を高める工夫もしていきたいと思っています。
また、人間の記憶はそれを思い起こすたびに強化されますし、実体験をした人の話を聞き感情を共有することで強いものになっていきます。人々の記憶を風化させないためにも、モニュメントや博物館、語り部による活動などは、たいへん有効な手段となり得るのではないでしょうか。
災害に関する研究は、震災が起きたからするものと言うわけではなくて、昔から必要な研究で、東北大もそれをやってきました。その研究成果や研究基盤を結集することは大きいことです。
違う領域の先生方と話をすると、自分のやり方だけではだめだなと感じるようになりました。私の研究は基礎研究ですので、直接何かの役に立たなくても良いと思っていたのですが、やはり何かに役に立つことも必要だと思い、そのためには研究スタイルも変える必要があるかも知れないと思うようになりました。また、心理学が果たす役割を自分なりに整理しないといけないとも感じています。
また、様々な分野の方と連携することで、自分の研究成果を様々な分野に還元できるようになります。また、自分の専門分野でも防災に関連する成果を発表できるようになります。この拠点で様々な分野の先生と連携して研究するということはそういう強みを含んでいるということです。さらに、災害そのものを研究対象にしなくても、災害と関わる周辺領域の研究をやることで、社会に貢献できるということもあり得るのではないでしょうか。
今後この拠点を強化していく上で、「国際」がつくことは重要だと思います。ただ、海外を視野に入れるとなると、日本とは違う面、つまり、その地域の特性、環境、人々の考え方を無視できなくなります。成果の発信には、地域の特性などを知る必要がありますが、文理融合組織であるこの拠点では、文化比較の研究をし、地域の特性を把握した上で成果を発信するポテンシャルがあると思います。
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