平野 勝也 (東北大学大学院 情報科学研究科 教授)
私の専門は景観工学と呼ばれるもので、土木の立場からまちづくりや橋のデザインなどのお手伝いをしています。これは、景観工学という分野のひとつの特徴なのでしょうが、研究と同時に実践を大切にすると言うことです。良い空間を作ることが目的なので、良い研究をすると同時に良い空間作りの実践活動をするのも当然のことと思っています。
これまで、防災に関する研究はしたことがありません。まちづくりや河川のデザインのお手伝いをしていますので、全く防災と無縁というわけでもありませんでしたが、それはまちづくりをしていく上で考えなければいけない一要素というものでした。
今回、今までのまちづくりの経験の中から、復興のまちづくりに役に立てることがあればという思いで防災科学研究拠点に参加をしています。現在は、この拠点をベースに、石巻市や南三陸町などの復興計画作りのお手伝いをさせていただいていますが、復興まちづくりを手伝うことは研究ではなくて専門家の責務という意識です。まちづくりのお手伝いを始めたからにはずっとつきあいたいとも思っていいます。
今回の震災はいろいろな見方があると思いますが、ある意味、工学の敗北であると感じています。この敗北から工学が立ち直るために、私も何らかの意見を表明していかないといけないと思っています。想定外と言ってしまうのは簡単ですが、想定外も想定して人が使うものを作るのが工学の本来の使命ですから、工学としてこれだけの人の命を守れなかったというのはまさに工学の敗北だと言わざるを得ません。ここから工学がどう工学として立ち直るのかと言うことは、極めて重要なことです。
もうすこしまちづくり的な視点で言うと、日本人はいままで自然災害と上手くつきあって生きてきたはずです。多少の被害は覚悟してでも日常の利便性をとるという住まい方をしてきたはずなのですが、高度成長以降、多くの防災施設を作るようになってからは、考えが変わってしまったように思います。まちづくりでも、住むのに不適切なところにも人が住むようになってきていますし、その部分を切り替えないといけないと思っています。
あと、これが一番難しい問題なのですが、もとより疲弊してきている地方都市であった被災地をどのように復興させるかということです。まちづくりをする人間として思うのは、仮に以前と同じように防災施設を作り元に戻したとしても、街は元気にならないだろうということです。震災復興の中で地方都市の活性化のアイデアが出てきて、その街が元気になるのなら誰も苦労しません。元に戻すのも難しい上に街を元気にする、疲弊していく街をどうすると復興につなげられるのかよく解らない。迷いっぱなし、悩みっぱなしの状況です。
まちづくりについての視点の話をすると、これは全国的な流れなのですが、お金をかけてものを作っていくまちづくりから、どう街を使っていくか、中でも街の歴史を大切に使って行くまちづくりに変わってきています。自分の住む街に誇りやアイデンティティを感じることは大事なことで、その一つがその街の歴史と言われています。小さな歴史を掘り起こしてまちづくりに具現化していくことが全国で行われており、そう言う歴史を大切にするまちづくりこそが住民にとって良い街になると思っています。しかし、津波被災地はそういう歴史を失ってしまったともいえます。復興まちづくりでは、いかに街の歴史をつなぎながら街を作り直すかが課題です。街の記憶のよりどころになるものを失ってしまったからこそ、残っているものを最大限に生かさないといけません。
今回の津波被災を受けて、多くの三陸の街で高台移転が検討されています。高台を切り開いて新しい住宅地を作ることになるのでしょうが、それは、どこにでもあるような街になってしまうでしょう。また、街の歴史を捨てて高台に移り住むことは、おそらく、人々の街に対するプライドも失わせてしまうのではないでしょうか。どこにでもあるような住宅地では、浜々に人の息づかいがあり歴史があった美しい三陸の風景や、そこに住んでいた人々のプライドにはなり得ず、次の世代が住み続けることにはならないでしょう。人が住み続ける、帰ってくる街というのは、地元とのつながりが深いところです。そう考えると、高台移転は、短期的にはうまくいったように見えても、2~30年たったら誰も住んでいないという状況になりかねません。今は、それを一番危惧しています。
今回の災害を受けて、今後の災害科学研究が目指す方向は2つあると思っています。一つは、災害とのつきあい方に関する研究です。今までは、どちらかというと災害から守れるか守れないかといった考えに近かったと思うのですが、守ると言うにも程度があり、グレーゾーンがいっぱいあるのが本来の防災であったわけで、それをリスクと比べながら人はずっと災害とつきあって生きてきたとおもうのです。災害を防ぐのではなくて、どうつきあうかという観点の研究を展開していくことが必要です。そうでなければ、これだけの被災を受けたことの教訓が役に立たないと思います。
もう一つは、今以上に実践を向いた研究です。復興計画とかまちづくりには、様々な技術が必要です。このような拠点に身を置き、いろいろな方が持っている技術をうけて実践するのはとても大事です。ただ、理系、文系を問わず、専門分野が要素細分化しすぎていることを感じずにはいられません。要素として細分化して研究を行うのは良いのですが、その技術が防災システム全体のどこに位置し何と関係するか、その技術を基に防災システムをどう考えるかといったところまで踏み込むことでより実践に近い研究になるはずです。
国際拠点として特に途上国を意識したとき、途上国の場合、日本以上に施設を作る事が難しいわけですから、日本の防災計画がこれまでと方向転換をし、いろいろな不確実性やリスクを考えながら災害とつきあっていくという考え方に基づき、災害とのつきあい方を含めたリスクマネージメントによる防災計画の立案手法が確立できれば、それは途上国でも適用できるのではと思います。また、これは、防災から減災までシームレスにきちんと技術体型ができあがることでもあるので、途上国に限らず先進国にも輸出できるものになるでしょう。
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